楽器とは
楽器、それは音楽に用いる道具であろうということで、だれも怪しまない。これでは楽器が作られる前にすでに音楽があったということになる。
しかし、私はこの考えをとらない。楽器とは音楽を作るものだと思っている。つまり楽器のなかった時代には音楽といわれるものがなかったのである。音楽と共存するものに言語があり、多くの人々は言語から音楽が作られたと思っている。
音声は音楽の要素になることはもちろんであるが、音声はいわば人間の鳴き声で、赤ん坊の鳴き声は鳥や虫のそれと同じであり、そのままではウグイスにも鈴虫にもまさっているとは思えない。
しかし人間は言語を発明し、話し声の魅力を感情表現に移そうとした。そして劇のせりふ、つまりエロキューション(話術)効果まで発展させた。
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大相撲の行司の掛け声、歌舞伎の科白などはそれである。しかし赤ん坊の発声の延長ではこれ以上の音声の発展は望めない。これが歌となるにはリズム、メロディという言語以外の要素の混入が必要なのである。
歌舞伎の科白や音色が音楽であるとか、谷川の流れや松風のひびきが音楽であるとかいうのは、単なる音声に酔うか、またはなんらかの既成の美しい音楽を連想するからで、可愛いボーイソプラノの歌に、ありもしない天国や極楽の音楽を聞いたようだと、信心深いおばさま方を興奮させ、寺院のドームの上から、だれかが描いたようなエンゼルが降りてきたのを見たと強弁させたりする。
日本の進歩的な人達は、心理は西からと思い込んでいるが、この人達は音楽は言語のニュアンスからメロディを生んだという、スペンサーやルソーの説などに興味をもっているようである。
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